名称「合気武術 仙心会」に込められた意味

皆様こんにちは、合気武術 仙心会の平田です。

今回は武術の話とはあまり関係ないのですが、会の名前についてちょっとお話ししたいと思います。

 

1.

「仙心会」という名前は「一意専心」という語から来ています。
「一意専心」とは、一つの事を一所懸命にやるという事です。

また、勝手ながら私の師匠である森先生の稽古会「潜龍会」とも韻を踏んで「セン」を頭に置き、仙台市で活動していますので「仙」の字に書き換えて「仙心会」としました。

「合気武術」としたのは、合気道以外の武術からも幅広くエッセンスを取り入れたいとの思いから採用しました。

 

まとめると、「合気武術 仙心会」に込められた意味は「『一つの事を一所懸命に』を信条に、森先生の示された方向性をもとに、仙台で活動する合気系武術の稽古会」ということになります。

 

2.

ところで、「一つの事」とは何ぞや?となるかと思いますが、それは「因」を磨くということです。

 

少し別のお話しになりますが、私の好きな考え方の一つに般若心経の「空」の概念があります。
「空」とは何も無い状態ではなく、何事も起こりうる空間のことを指し、物事が起こる要因である「因」と、物事が起こるきっかけである「縁」が出会って現象「果」が起こります。

例えば、困難という「縁」に出会ったとき、「因」の状況によって、ある時は面倒に思ってイライラしたり、自分には無理だと思って挫折したり、人のせいにして放棄したりして自己を見失なってしまうこともあります。

またある時はチャレンジ精神をもって取り組み、自分でも思わぬ創造性を発揮したり、周囲の人の協力を得たりして、その人にとって実りある結果を導く事もできます。

私はこの「因」を磨くこと、言い換えれば「器」を磨くことが、武道の稽古をもって専心して臨むべき事柄だと考えています。

(※「因を磨く」という言葉は、私が勝手に言っているだけで、普通そんな言い方はしないと思います。)

 

3.

出来るだけ自分の望む方向性や正しさに反しない選択肢を、自信を持って選択できる強さを身につけること、逆に言えば、自分にとって好ましくない・正しくないと思う選択肢をはねのける強さを持つことが器を磨くことです。

ですので、「これでいい」と慢心することなく、「無理だ、しょうがない」と放り出すこともなく、また困難の原因を他人に求めて恨みに思うことも無くして、ただひたすらに探究心・無住心(執着しない心)・融和の心を持って稽古することが仙心会の目指すところです。

この稽古によって、「因」を磨き「器」を磨き、何が起こっても創意工夫によって乗り越え、禍(わざわい)も福に変え、小さな縁も大事にできる人間性を作り上げて行けたなら、私たち仙心会の目標は完全に達成できたと言えます。

 

4.

この目的を今一度ご確認いただき、新たな気持ちで新年の稽古に励んでいただけたらこの上ない幸いです。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

平田

 

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