日本人的道具観

古来日本では、道具はあくまで扱う人が主体であって、身体の動きを効率的に仕事に変換することを目的に造られていると言われています。

大工さんなどの昔ながらの職人は、ノミや槌は軽く持って必要以上の力を入れないようにして扱うそうです。

身近な例では、箸も同じです。
力を込めて握り締めたりしたら上手く遣えません。

2.

同様に、刀や杖(じょう)も握り込まずに、極力そっと持つ方が上手に扱えると感じます。

これには以下の理由が考えられます。

武器を身体の一部とみなすと、武器と身体の接点は関節の働きをします。

関節を固めた動きは、直線的な上に限られた筋肉しか働かないため器用に動かせません。

それに対して、関節を固めない動きは、全身のより多くの筋肉が参加しているため、方向・速度・威力が割と自由に調整できます。

また心理的にも、握り込むことで野球のバットよろしく、ついつい振りかぶってしまいます。

気配を消す事が肝要な武術においては致命的な欠陥と言えるでしょう。

 

私たち仙心会は、剣術や杖術を通して身体の遣い方を学ぶのが目的ですから、一つ一つの動きが術理の要件を満たしているかには常々気を付けなくてはなりません。

そうでなければ、剣や杖を振っているつもりで、自分が振り回されてしまいます。
それはそのまま、相手に技を掛けようとして逆に自分が崩されるのと同じ事です。

 

3.

ここからは少し余談になります。

私たちの祖先は、道具を通して自らの身体機能を発展させてきました。
それゆえに、老練の職人が若者の何倍もの仕事をこなしたり、驚くほど精密な工芸品を造ったりということが可能でした。

これに対して近代文化は道具主体、つまり道具(機械)のために人が働くシステムになっています。

これは職人が技を磨く身体文化から、より高性能な機能を求める機械文化への変容を示しています。

 

4.

機械文化の発展は現代社会の経済的発展において欠かせないものになり、これに逆らう事は容易ではありませんが、身体文化の衰退は必定ではありません。

どんな道具も身体感覚をもって扱うことで、十分な機能を引き出し、身体機能を発展させ、さらには道具を丁寧に扱う作法が自然と身につきます。

仙心会では武器術の稽古も重視し、身体文化の継承と発展を目指していきたいと考えています。

 

 

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